Yankee!の巻(石像記す)

ヤンキーという言葉自体は聞いたことがあると思うが、その意味をWikipediaに参照すると以下の通りとなる。「日本国内において、「周囲を威嚇するような強そうな格好をして、仲間から一目おかれたい」という志向を持つ少年少女を指す俗語を指す。また、それらの少年少女に特有のファッション傾向や消費傾向などライフスタイル全般を含める場合もある。口伝えで広まった言葉のため、語源とは関係なく曖昧な定義のまま使用されることが多く、「非行少年」「不良」「チンピラ」「不良集団」などを指すものとして広範な意味で使用されている。」※1
この曖昧な言葉として捉えられているヤンキーの本質を定義し、誰の心にもあるヤンキー性を炙り出した斎藤環「世界が土曜の夜の夢なら」は非常に刺激的な論点を提示している。私はこの著作のアイデアをすべて正しいとは思わないし、論理に飛躍も多くみられるとは思う。ただし、この著作の示した論点について考えることで、多くの人がなんとなく感じている日本社会がもつ独特な雰囲気に輪郭を与えることで、その”雰囲気”を出発点にさらに新しい論点を提示できるのではないかと思う。
斎藤環の関心は「なにゆえ不良文化にルーツを持つであろうヤンキーの美学が、かくも世間一般にまで広く浸透するに至ったか」※2という点から始まる。成人式の羽織袴、ドン・キホーテ、パチンコ、競馬、ジャージ、ゴールドのネックレス、デコトラダッシュボードのぬいぐるみ、矢沢永吉浜崎あゆみEXILE、ROOKIES等々、私たちが直感的にヤンキー的であると感じるサンプルは数限りなく列挙することができる。これらに通底する思想は不良性でなく「そのバッドセンスな装いや美学と、「気合」や「絆」といった理念のもと、家族や仲間を大切にするという一種の倫理観とがアマルガム的に融合したひとつの”文化”を指すことが多い」。※3まずはこの定義の意味合いを説明するところから議論をスタートしたい。

「気合」は私たちの身近なところでも見つけることができる。前述のヤンキー的なサンプルのなかから、矢沢永吉を選んでみよう。彼の名言と呼ばれるものをいくつか紹介したい。

「ドアの向こうに夢があるなら、ドアがあくまで叩き続けるんだ。」
「言いたいのは、それひとつだよ。その生き方を人のせいにしちゃダメだ。」
「オレは、いま生きるのがつらいって言っている人は、やっぱり、どこかに自分の生き方を自分で決められないって背景があると思うんだ。かんじんなのは手前の足で立つことなんだ。」※4

これが「気合」でなかったら何と呼べば良いのであろう?そして、なぜこのような「気合」でしかない夢を語る言葉に人々は共感することができるのだろうか?斎藤環はこの答をヤンキーの本質である徹底したプラグマティズム=現実主義に見出す。ヤンキーの発想の根底にあるのは目の前にある現実に向かって行動し続けることで夢は叶うという徹底した行動主義である。そのことを言い換えると、彼らにとっての夢は目に見える現実を強調した延長で描かれるものであるということだ。その結果、ヤンキーの夢は極めて世俗的なサクセスストーリーとして語られる。高級外車、ブランドの洋服、高級住宅地の一軒家・・・。なぜならヤンキーの夢は、それが夢として抱かれた時点から現実の延長でしかないからである。今自分が送っている生活を最大限にまで強化した結果としてしか夢を語ることができないヤンキーには「いま」しか存在しない。もしかするとこの夢すら後付けで描かれるものであり、ヤンキーの夢は将来を企図したものではなく、無根拠な現実主義者のロマンティシズムでしかないのかもしれない・・・。そして、そこには高位の理念や理想(また逆に言えば皮肉や冷笑)といった、メタレベルが存在することは決してあり得ない。
また、「気合」については生活保護に関する議論もひとつの例としてあげることができる。生活保護に対する日本人の視線(スティグマ)の根底にあるのは働かない/働けないやつが悪い=甘えだという意識ではないだろうか。「仕事なんて選ばなければいくらでもある。」この言葉には社会システムや生来の能力といった本人にはどうにもできない要因への配慮はなく、「気合」でどうにかなるという感覚的な思考が結実しているのではないか。なぜやりたくもないことをやってでも働かなければならないのか。日本国憲法の理念は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」のであって、”文化的”であることを切り捨ててでも無理矢理働くことが本当に必要なのか?私にはこれもまたプラグマティズムによる「気合」の現れであるように思えて仕方ない。
次回はこのヤンキーのプラグマティズムがある種の防衛反応ではないかという論点について説明したうえで、「絆」の議論を始めたいと思う。

※1 : Wikipedia「ヤンキー (不良少年)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%BC_(%E4%B8%8D%E8%89%AF%E5%B0%91%E5%B9%B4)
※2 : 斎藤環世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析」P7
※3 : 斎藤環「ヤンキー化する日本」P9
※4 : 矢沢永吉の名言・格言集 http://iyashitour.com/archives/20485


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