悲しいだけ。の巻

日サロでこんがり焼けた僕は、すっかり皮膚がんを恐れるようになって、爾来ひねもす蟄居する日々を送っている。


ひねもす蟄居の毎日なので部屋の掃除や整頓はたいへん捗ったが、amazonで買った藤枝静男の「欣求浄土」「悲しいだけ」の二編を読んだだけなのに、しかもおもしろかったのにすぐに退屈し、「人類は進歩し、退屈を見つけるのが得意になったものだな」などと大層なことを考えた。


生活が便利になるにつれて生きるために必要な活動に要する時間は格段に減り、そのぶん暇になるかと思いきや今度は生きるために必要ではないがしなくてはならないことをどんどん勝手に増やして、スマホ2chをしたり、ニンテンドー3DSで「とびだせ どうぶつの森」をしたりしている。


これはまぁ一個人の場合で、これが国になると他国と争ったり、他民族を罵ったりするのだから恐ろしい。
「全体の意志」がぼんやりと実在していることにされてしまう。


退屈した地球人が退屈しのぎに宇宙開発を始め、また退屈し、その退屈しのぎにさらなる宇宙開発をする。
宇宙には終わりがないため、どんどんと開発は遠くへ遠くへ進んだ。
「より遠くの宇宙へ行くためにワープ航法を開発しよう」という「地球人全体の意志」がいつのまにか――誰によってか知らないが――捏造され、その技術開発の動機/発端とされた。


しかし、それは事実ではない。


あれは2013年4月8日のことである。
A青年はわがままで意地悪な美女と19:00に待ち合わせをしていた。
しかし、待ち合わせの前に思い立って初めて日サロに行って――意外と――こんがりと焼けてしまったため、焼き終わった時間は19:00であった。
…これでは確実に遅刻してしまう!
急いで向かえば10分後には待ち合わせ場所の道端に到着できるが、わがままで意地悪な美女が10分の遅刻を許してくれるはずもなく、A青年は大沢誉志幸ばりに途方に暮れかけたが、(思い立って日サロに行くほどの)ファニーな気質をいかんなく発揮し、よし!過去に戻ろう!と思い立ったのである。
過去に戻るためには光を追い越さなくてはならないが、A青年は必ず光の速さを超えるのだと覚悟を決めた。


それからのA青年はすごかった。
毎日ひねもす蟄居し、研究に明け暮れた。
(思ったよりも日サロでこんがりと焼けてしまったために皮膚がんを恐れていたのも研究に没頭できた理由のひとつではあるが)


そして30年の歳月が流れた。
ついに、A青年は光の速さを超える発明を完成させた。
そして、2033年4月に高速以上で出発し、2013年4月8日の18:50に美女との待ち合わせ場所に着いた。
しかし、美女はいない。
そりゃそうだ。わがままで意地悪な美女は10分前に待ち合わせ場所になんて来ない。
それがわがままで意地悪な美女の必要条件であろう。


19:10。
30年前のこんがり日焼けしたばかりのA青年が急いで向かえば到着できたはずの時間である。
美女はまだ来ない。


A青年は思った。
これ、急げば間に合ったじゃん……
光の速さを超える必要なかったじゃん……


19:30になってようやく美女は現れた。
A青年は美女に「やぁ、美女」と呼びかけた。
すると美女は、「こんばんは。何かお困りですか?」と、まるで他人行儀に返答した。
その瞳には、わがままも意地悪もなく、ただ困っている老人に対する親切な情があるのみだった。


A青年は30年の年月を遡ってきたので、すでに老人となっていたのである。


A老人は無言で立ち去り、2013年4月9日の昼になって、人類が光の速さを超えたのは「全体の意志」などではなく、ただの個人的な思いからなのだ、というブログを書いている。


そしてA老人は、美女が自分だけにわがままで意地悪だったことを思い知り、こんなことならやはり光の速さなど超えずに、もうすこしこんがり焼いて、なんなら床屋で短髪にしてラインを入れてもらうなどし、19:35に待ち合わせ場所に行けばよかったなぁ、と思っている。
そして美女のわがままや意地悪に慌ててオロオロし、美女の機嫌を直すための四苦八苦をすればよかったなぁと思っている。


今は悲しいだけである。


藤谷☆ゆーた(老人)